菊花石/岐阜県根尾谷産
菊花石とは
菊花石は、暗色の母岩の断面に白色から灰白色の鉱物が放射状に広がり、菊の花に似た模様が現れることからこの名が付けられた鑑賞石です。英語では「Chrysanthemum stone」と呼ばれます。「菊化石」と表記されることがありますが、菊の化石ではありません。
石を愛でる文化は中国で12世紀頃から始まり、日本にも13世紀頃には鑑賞石の文化が伝わったとされています。菊花石はその模様の稀有さから古くより珍重されてきましたが、なかでも岐阜県根尾谷産のものは花と母岩の質において他産地と比較にならないと、愛好家の間では長らく語られてきました。
産地の根尾谷
根尾谷の菊花石は、岐阜県本巣市根尾の丸山付近、初鹿谷を中心とした地域から産出します。昭和16年(1941年)に国の天然記念物に指定され、さらに昭和27年(1952年)には根尾谷断層とともに特別天然記念物に指定されました。指定区域での採取は法律で厳しく禁じられており、現在市場に流通しているものは基本的に指定以前に採取されたもの、または指定区域外で崩落した転石として採取されたものです。
天然記念物の指定にあたっては、東京帝国大学名誉教授で文部省史跡名勝天然記念物調査委員を務めた脇水鉄五郎博士が成因論文を著しています。当時の指定文書には「秩父古生層の緑色シャールシュタイン(輝緑凝灰岩)中にアラゴナイト後の方解石が放射状結晶集合体をなし、あたかも菊花の如き断面を示すもので、このような奇形の結晶集合体を有するシャールシュタインは南支那に出るものの外、世界的に極めて稀有で学術上特に価値が高い」と記されています。(文化遺産オンラインより)
根尾谷以外にも、岐阜県内では舟伏山・美山(山県市神崎)・赤倉山・根尾西谷川・揖斐川流域の旧藤橋村徳山などから菊花石が産出することが知られています。高知県・群馬県・東京都奥多摩でも類似した石の産出記録がありますが、花や母岩の質において根尾谷産とは異なります。
花と母岩の特徴
花びらの色は白色が基本です。不純物としてマンガンが混入すると淡紅色や淡紫色を帯び、花びらの縁が玉髄化した個体では独特の光沢が生まれます。花の直径は数ミリから20センチ程度のものが多く、まれに非常に大型のものが報告されることもあります。
愛好家の間では、花の鮮明さと芯の有無が評価の基本とされています。純白に近いほど、また芯がはっきりしているほど高く評価される傾向があります。さらに赤花・黄金花・メノウ花・二重咲きといった特殊な色彩や咲き方を持つものは希少とされます。一方で石全体のバランス、花と母岩の調和、石に「流れ」や「韻」が感じられるかどうかも、水石の視点からは重要な評価基準となります。
母岩の色は青みを帯びた黒・暗褐色・暗灰色・赤みを帯びたものなど個体差が大きく、それ自体が鑑賞の対象となります。菊花石の研究者である石原宣夫氏は母岩を「混合形母岩」と「分離形母岩」に大別し、さらに薄樋・平樋・玉樋・板樋・皮樋・斑紋などに細分類しています。母岩の種類によって花の大きさや咲き方が変わるため、母岩を読むことが菊花石を深く楽しむ手がかりになります。
花模様の形成について
菊花石の花模様がどのようにして形成されたかは、現在も定説がありません。1941年の天然記念物指定当時からすでに複数の説が唱えられており、今日に至るまで研究者によって見解が分かれています。一般には、母岩中の放射状の割れ目に方解石や玉髄が充填したとする説と、霰石(アラゴナイト)として晶出した結晶が後に方解石へ転移したとする説の2つが有力とされています。
母岩である輝緑凝灰岩は、輝緑岩の火山灰が海底に堆積・固結してできた岩石で、根尾谷一帯に分布する美濃帯の地層に由来します。古生代後期、この地が海底であった時代に火山活動が盛んに行われており、海底に堆積した未固結の火山灰泥の中に炭酸カルシウムの結晶が放射状に晶出し、周囲の火山灰泥の固結とともに岩石の中に取り込まれていったと考えられています。
有力な説のひとつによれば、花びらの本質は霰石(アラゴナイト)として晶出したものが、外形を保ったまま内部の結晶構造だけが変化して方解石に転移したものです。転移後の生成物は仮晶(pseudomorph)と呼ばれます。つまり菊花石の花びらは、見た目は霰石の形をしていますが実質は方解石です。花びらの縁が玉髄になっている個体は、さらにその後、地下水中の珪酸成分が方解石を置き換えたものと考えられています。
放射状の割れ目が海底火山活動に特有の枕状溶岩の構造と関係している可能性も一部で指摘されていますが、岩石としての詳細な検討はまだ十分になされていないのが現状です。
採取の歴史と現在
根尾谷の菊花石は戦前から愛石家の間で知られており、川合玉堂画伯が初鹿谷を訪れて菊花石を探し求めた記録も残っています。当時は川の流れが磨き上げた「川ズレ菊」の趣が文人墨客に愛されており、静かに楽しまれていました。
昭和36年(1961年)頃から石ブームが盛んになると、菊花石の様相も大きく変わりました。特別天然記念物という肩書きが注目を集め、休日には何百人もの人が根尾谷に押しかける状況となりました。この頃から赤倉山での本格的な採石が始まり、昭和40〜50年代にかけて大量の菊花石が産出されました。ただ、花が多いほど高く売れるという風潮の中で母岩の形が軽視され、花と全体の調和が取れていない石が大量に作られたのもこの時代です。
その後、良質な原石の産出が次第に減り、平成元年(1989年)頃には採石量が激減しました。採石業者が赤字で採石を続ける状況となり、実質的に採石の時代は昭和で幕を閉じています。現在、根尾谷産の菊花石は新規供給がなく、専門業者・骨董店・オークションなどの二次流通でのみ入手できます。
花出し加工と偽物について
菊花石は母岩の中に花が埋まった状態で産出するため、花を見せるための加工が施されます。代表的な手法として、周囲の母岩を叩いて花を浮き立たせる「叩き」、砂を吹き付けて母岩を削る「サンドブラスト(吹付け)」、酸で母岩を溶かして花を浮き出させる「酸焼き」があります。いずれも花を引き出すための技法であり、好みや石の状態に応じて使い分けられますが、仕上げの丁寧さや技術の差が石の印象に大きく影響します。
これらとは別に、本来花のない母岩に人工的に結晶を埋め込んで研磨したものや、塗料で模様を描いたものが偽物として出回ることがあります。
写真で見る根尾谷産の菊花石
石の中央に1輪の花模様が入っています。シンプルですが存在感のある模様となっています。
上の菊花石の花模様の拡大したものです。自然が作り上げた模様に引き込まれます。
こちらは放射状に入った花模様です。長く伸びたように広がる様子が特徴的です。
こちらの菊花石には端の部分に断面があります。右上に結晶断面があり芯のように入っているのがわかります。この状況を見極めることで花模様を上手に出すことができるそうです。
上の菊花石の断面部分を拡大したものです。不透明で白色の鉱物であることが確認できます。
上の菊花石の裏側部分です。こちらにもポツポツと芯がありますが花模様とならないため、そのままにしてあります。
こちらは、サンドブラスト(吹付け)処理をされている菊花石です。それぞれの菊花は大きく広がった形状で見られ、母岩との色調の対比が特徴となっています。母岩中に含まれる方解石結晶(花弁)の向きを見極めながら進められる仕上げ工程です。
こちらは未研磨の菊花石です。ぼやっとした印象がありますが、このままでも自然な感じで趣があります。
根尾谷菊花石の動画
こちらの菊花石は、母岩の中に白い色をした菊の花模様が入っています。
菊花石 / Chrysanthemum stone
母岩:輝緑凝灰岩(玄武岩質の火山砕屑岩)
花の主成分:方解石(霰石の仮晶)、一部が玉髄に置換されたものもある
産地:岐阜県本巣市根尾(根尾谷)
指定:国の特別天然記念物(昭和16年天然記念物指定、昭和27年特別天然記念物に昇格)
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